「DevLOVE199 越境CON」に参加してきた

先日、DevLOVE199 越境CON というイベントに参加させていただきました。

これまで会社の開発組織を伸ばしていくにあたり、不器用ながら自分なりに考えてきたことをLTで発表してみました。(少しLTから補足しています)


嬉しいことに、MostEkkyoPlayer(MEP) という形で表彰もいただきました。

自分自身、あまりダイナミックな動きが出来ていないなぁ、と思いながら書いていたのですが、「相手のことを理解した上での優しい越境が良かった」という表彰理由もあり、とても意外でした。自分ではややネガティブに捉えていたのですが、こういうスタイルなのかなぁと前向きに捉えることもできそうです。

テーマが 「開発現場における 新たな越境」 ということで、特に目新しいこともしていない自分が何を発表したものか、勢いでLT応募しちゃったけど本当に発表して良いものかと、直前まで考えていましたが、思い切って出て良かったです。これも含めて「越境」だったのでしょうか…?

結局のところ、ビジネスと開発者の間に立つ「翻訳者」としての機能を自分に備えるために、色々やってきたのかなぁと、自分自身の整理にもなり、本当に良い機会でした。この場を作ってくださった皆さまに感謝です…!

不器用ではありますが、まだまだ越えていきたい境はたくさんあるので、これからも少しずつ、変革に貢献できればと思っています。いまは営業会社という側面が強いですが、開発組織も同様に強い会社にしていきたいものです。

ちなみに資料には「社内メルマガ」とか書いていますが、日報でちょくちょく記事出したりしていた以外は、内容に応じて特定の人に送信しているものも多かったりするので、、社内のメンバーでも大半の方は「なにそれ?」ってなるかもしれません。苦笑

学び

今回は越境CONということもあってか、自分がいま課題意識を感じているコミュニケーションや開発体制に寄った話題も多く挙がっていて、参考になる発表ばかりでした。特に個人的に良いな!と思ったワードを幾つかあげます。

  • 「うっ・・・」と思うところが境
  • 「面倒くさい…」と思いがちなところを「越境チャンス!」と捉える上で、大切な前提だなぁと思いました。言葉もキャッチーで、良いなと感じました。

  • 相手を仲間でないと思っていたのは自分の方ではないか?
  • 背景が違いすぎるとコミュニケーションも当然食い違うので、疑いを向けがちだなぁと思っているのですが、ふとした時にこういう振り返りができるのはすごく良いなぁと思いました。

  • オーダーざっくりなのに、正解のマトがめっちゃ小さい問題
  • 頼みごとをするときに疎かになりがちですね。。前職でも「上司の正解を当てに行く」場面が何度もあり、自分の後輩にはその気分を味わわせないようにしたいと思っていますが、できているだろうか。。。敢えてマトを広めにできるチームにしたいなぁと思いながら聞いていました。

  • 人の名前を覚えられない ステートレスで生きているので
  • 記憶が飛んでいたときの「ステートレス」今後も使いたいと思います。笑

    おまけ

    なぜ「78557」がイチオシなのか、それを説明するにはこの余白は狭すぎます。すみません嘘です。書くと長くなるだけです…。

    気になる人は、「シェルピンスキー数」で検索☆(Google先生に丸投げ…)
    簡単にいうと、こんな感じです。

  • シェルピンスキー数のうち最小の数の候補が「78557」
  •  ※下は78556個しかないのに、なぜかまだ最小数「かもしれない」だけという、不思議な数なんです!

  • 「78557」より小さい、「シェルピンスキー数かもしれない数」があと6つあった
  • けど最近(去年の後半)になって、コンピュータ計算で6つの予備軍のうち1つが減った…!
  • 不寛容算数と指導者の「正しさハラスメント」

    はじめに

    この記事は数学 Advent Calendar 2016 25日目の記事です。埋めたくて書きました、少々雑かもですが、ご勘弁を。。

    また、タイトルでお分かりの通り、以下の記事の影響を受けています。
    不寛容社会とエンジニアの「正しさハラスメント」

    上記の記事については、私もエンジニアの端くれで、ごくまれに技術的背景を考慮されていないコメントをたまに見かけるので、気持ちは分かります。ただ、コメントしている側も悪気はない、むしろ親切心で言っている場合が多く、「ハラスメント」とは言えないと感じます。(明らかに言い方がマズイを除き)
    あと、記事を上げる側の人にもできることはありそうに感じました。コードがどうのこうのよりも使い勝手に関するフィードバックが欲しいのなら、そう書いた方がコメントする人に対して親切ですし、望まないフィードバックを得る可能性も抑えられそうです。

    算数の「正しさハラスメント」

    さて、「社会」もさることながら、「算数」という科目も、なかなかに不寛容な状態にあるといえるでしょう。むしろ、こちらの方がハラスメント指数は大きいかもしれません。
    「不寛容算数」というものは、もちろん「不寛容社会」から連想を得た造語ですが、実例を連想することができる人も非常に多いと思います。
    例えば、以下のような問題。

    かけ算順序固定

    7人で、8羽ずつ、つるを折りました。つるは、ぜんぶで、なん羽できたでしょう?

    これに対して

  • 7 × 8 = 56 は×
  • 8 × 7 = 56 は◯
  • といった指導がされるというものです。
    正直なところ、どちらが◯でどちらが×か分からないまま適当に書いています。どうでもいいですよね。
    遅くとも大正時代あたりから反論はあったようですが、未だに未解決問題となっている難問です。

    面積の計算においても、「タテ×ヨコ」は◯で「ヨコ×タテ」は×だったりと、やりたい放題の規制ラッシュです。体積も然り。

    9.0減点

    「5.7+3.3=9.0」では減点で、「5.7+3.3=9」でないといけない『9.0減点』問題なるものもあります。
    小学校の算数においては、小数点以下の0を省けることは教えていますが、省かないと×にするような指導がなされているようです。ただ、省かなくて問題になるレベルとは思えませんし、有効数字から考えるとそのままでも良さそうです。(さすがに有効数字を小学生に教えたところで、ピンと来ないでしょうが…)

    くふうしなさい

    「次のけいさんを、くふうして行いなさい」といった曖昧ワードが問題文に埋め込まれている場合もあります。
    例えば、25×28。そのままでも計算できますが、 25×4×7=(25×4)×7=700 とすればより楽に計算できます。
    ただ、この過程で書かれていないと減点される場合があり、こういったことも、良く批判の対象になります。

    ここまではほんの一例です。

    算数・数学は本来、もっと自由であるべき

    算数・数学というのは、どれほど自由な発想であっても、その過程が論理的でありさえすれば許容されるところに、一つの魅力があります。「いろんな解き方がある」というのは高校数学ぐらいの段階でも感じられる面白さだと思いますし、大学数学ぐらいの段階になってくると、「いろんなルールがある」というレベルの自由度になってきます。有名なピタゴラスの定理にも、いろんな解き方があります。とりあえずWikiを貼る
    前述のような規制を始めとする不寛容算数は、こういった自由な発想を妨害します。 「こんなやり方でも解ける!」といった発見が醍醐味なのに、「教わったやり方で解かないとダメなんだ」という精神状態に持っていく不寛容さは、百害あって一利なしです。

    2016年における算数の「正しさハラスメント」論争の動向

    思えば2016年は、昨今の算数教育における「正しさハラスメント」の実態が、いつも以上にスポットライトを浴びた年といえるでしょう。

    例えば、茂木健一郎氏は少し前にブログでこの問題に言及し、「これは子どもに対する虐待である」「こんなのはすぐにやめるべきだ」と強い口調で批判したのは記憶に新しい方も多いと思います。

    また、TBSの初耳学という番組で、林修氏が、フィールズ賞受賞者の森重文氏にインタビューし、その過程で『かけ算順序固定』や『9.0減点』を批判しています。
    ※「(順序が違ったからって)何がいかんのだ!?」 というフレーズは非常に汎用性が高いですね。数学をやる際の態度は、こうあるべきではないかと感じます。

    著名な方が批判的に取り上げるようになってから、論調というか風潮が変わっている感じがあって、希望の持てる一年でした。

    twitter上でも#超算数というハッシュタグで、この種の問題がツイートされています。つい吹き出してしまう(けど笑えない)不寛容の見本市になっていますので、実態を知りたい方はぜひ覗いてみてください。

    おわりに

    2017年に、不寛容な指導、それにより算数・数学を嫌いになる人が、少しでも減ってくれることを願います。